令和7年3月9日、毎年恒例の比治山陸軍墓地の清掃奉仕活動を実施致しました。
暖かくよく晴れたこの日、修親会(今村第13旅団長以下60名)、曹友会(41名)、家族会等(6名)、と多数の参加協力をいただき、隊友会員とあわせて、総勢142名で清掃が行われ、墓地に眠る約4,500柱の英霊に、感謝と哀悼の誠が捧げられました。
比治山陸軍墓地は、明治5年(1872年)、広島鎮台の設置(1873年)に先立って、比治山南部の約2500坪~約2800坪が陸軍墓地として指定されました。
その後、昭和16年(1941年)の陸軍省達(合葬方式への変更)により昭和19年(1944年)工事開始、しかし昭和20年(1945年)終戦により工事が中断し、同年の枕崎台風や大雨により、墓石や遺骨が流される等の被害を受けました。また、ABCC(現・放射線影響研究所)の建設による移設等、幾多の困難に直面しましたが、有志の多大な尽力により、現在地に再建・再整備され、昭和36年(1961年)広島市へ寄贈されました。
その後、平成31年(2019年)までに広島市により整備され、現在の姿になりました。
その後、昭和16年(1941年)の陸軍省達(合葬方式への変更)により昭和19年(1944年)工事開始、しかし昭和20年(1945年)終戦により工事が中断し、同年の枕崎台風や大雨により、墓石や遺骨が流される等の被害を受けました。また、ABCC(現・放射線影響研究所)の建設による移設等、幾多の困難に直面しましたが、有志の多大な尽力により、現在地に再建・再整備され、昭和36年(1961年)広島市へ寄贈されました。
その後、平成31年(2019年)までに広島市により整備され、現在の姿になりました。


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